前回のあらすじ
ハードオフで540円で購入した謎の半導体を組み立てました。
図1
電気特性はダーリントントランジスタに近いようですが何か・・・違和感を感じます。
調べましょう!
※注意点
この記事は情報のないところから型式判別するまでの過程を試行錯誤を含めて記載しているので長いです。
(将来類似のことをされる人の参考のため)
判別結果は記事の末尾に大きく表示していますのでお急ぎの方はそちらからご覧ください。
消えた笑顔
前回の結果を再掲します。
ここでVbe=2Vですが、ダーリントンでもこんなに大きな値になるのかと違和感を感じました。
そんなときTwitterで情報を頂きました。(一部抜粋)
2STP535FP の仕様を抜粋します。(クリックで拡大)@IMD555さん
TO-220FPのダーリントンNPNだとすると、Vbeからベース-エミッタ間の抵抗が約25kΩ~∞なので、
製品だと2STP535だけですね。
負荷条件は違いますがVbeもVceも仕様値内ですね。ピン配置も一致しています。
情報ありがとうございます、よし判別完了!お疲れさまでした!
フフ・・・まぁ一応確認のためVbe-Ib特性を計測しておきましょうか。
・・・・あれ?(顔から余裕と笑顔が吹き飛んだ)
これはおかしいですよ。Ib=4.2mAのときVbe=4.15Vとなっているのは明らかに仕様値外です。(2.8Vで80mAは流れるはず) @IMD555さん に相談してみました。
@IMD555さん
2つ(or3つ)のダイオードと抵抗を直列にしたようなグラフですね。
これだけ見ると、ベース抵抗入りのダーリントンNPNなんでしょうか・・・
そうなると2STP535FPではないですね。
言われて計算してみると、なるほど以下のような入力回路を想定すると辻褄が合いそうでした。
図5
※灰色項目は計算部
しかし、入力抵抗があるダーリントントランジスタはSTmicroさんには有りません。
私が知ってる範疇で直列抵抗がパッケージされているトランジスタは
信号用のデジタルトランジスタくらいです。しかしこれはパワー半導体用のパッケージ。
これは分からなくなってきました・・・
絞り込み調査
ダーリントントランジスタでは無さそうです。
とはいえ別種の半導体を探すといってもSTmicroさんの37000種(degikey調べ)の豊富なラインナップから総当たりで調べるのは不可能です。
そこで半導体の特徴を調べて絞り込む事にしました。
まず、パッケージをノギスで採寸し仕様と照らし合わせます。
次に出力側のVce-Ic特性を確認しました。
(電源が弱いのでVccがブレてますが・・・あと電流計プローブによる電圧降下が予想外に大きかったです)
結果からIcが増加してもVceがほぼ一定のため、出力段はFETではなくバイポーラの模様です。
ここで一旦、得られた情報から絞り込み条件をまとめてみます。
条件番号 | 項目 | 内容 | 絞り込み(推定) |
---|---|---|---|
① | OFF特性 | Ic=0.1AのときSW1=OFFとすると即座にIC=0Aとなる | 消弧特性より、サイリスタおよびトライアックではない。 |
② | 電流ゲイン | 図2より1000倍以上 | hfeが高いため1段のバイポーラトランジスタではない。 |
③ | 入力電流 | 図4より4mA以上流れる | トランジスタと仮定したとき入力はFETではない |
④ | 入力抵抗 | 図5より600Ω程度の入力抵抗内蔵 | ほとんどのディスクリートトランジスタには入力抵抗はない |
⑤ | パッケージ | 図6よりTO-220FP | 他の三端子パッケージではない。 |
⑥ | ピン配置 | 図6より左ピンのボンディングワイヤがとても細い | 左ピンに100mA以上が流れる半導体ではない。 |
⑦ | 出力特性 | 図7よりIcが増加してもVceはほぼ一定 | トランジスタと仮定したとき出力はFETではない |
少し絞り込めるようになってきましたね。
ご意見、調査させて頂きます
前項で絞り込みは進みましたが、
そもそもこれはトランジスタによるスイッチング素子が前提ですので、
他の半導体である可能性を事前に確認しておく必要があります。
そこでコメント等の情報からピックアップして調査しました。
(絞り込み要件に明らかに該当していたご意見は除いています。ご了承ください)
はてなブックマークのコメントより抜粋
lflさん
保護回路っぽいパターンもあるしST Microのローサイドスイッチかなという予想。。
素子の中央にインク打ってある個体は不良品なので特性出ないですよ。
後半かなり絶望的なことを仰られていますが、(ボンディングが完全な素子は全てインクがついています)
多少特性外れてても種別くらいは判別できると信じてます。まだ諦めませんよ!
前半については、確かに下部に回路が作りこまれているようなパターンが見られます。
(ディスクリート品のESD保護やラッチアップ防止回路かもしれませんが)
図8
そこでローサイドドライバを検索しました。しかしTO-220FPパッケージの製品は有りませんでした。
またTO-220パッケージのVNP10N06の出力段はFETでした。(絞り込み条件⑦に抵触)
次のご意見です。前記事のコメントより抜粋
yoshiさん
LM317の類ということは?
Twitterより抜粋
@IMD555さん
左ピンがGNDのLD1117みたいなやつとか
電圧レギュレータでは無いかというご意見ですね。
絞り込み要件⑥より電圧レギュレータでは無いと思っていましたが@IMD555さん の指摘は正しく、
GNDピンにはほとんど電流は流れません。
よって左ピンがGND(もしくはAdj)かつTO-220FPパッケージのレギュレータを探し、回路を組んで確認してみました。
〇可変電圧レギュレータLM317の確認
図9
定電圧動作していないため、LM317ではない事が分かりました。
〇定電圧レギュレータ(LD1085など)の確認
図10
定電圧動作していません。 (IN→GNDにダイオードを経由してショートしている模様)
また別途、負電圧レギュレータも電気特性確認しましたは同じく定電圧動作しませんでした。
以上から電圧レギュレータである可能性は低いと言えます。
万策尽きそうです
前項の通り機能素子の可能性も低くなったので、条件表を元に検索します。
入力抵抗のあるパワートランジスタや、(メリットが無いので無いと思ってましたが)プルダウン付きのIGBTなど変わり種を想定して、条件に合う半導体が無いかSTMicroさんのページを総当たりで調べました。
・・・一日掛けて調べましたが存在しませんでした。
こうして調査する対象まで失ってしまったため、
都度相談に乗ってもらっていた@IMD555さん に「もう万策尽きそうです」と泣き言を漏らしつつTwitterで報告しました。
@IMD555さん
ベース抵抗があるみたいなので、現在STのWEBに出ている製品ではなさそうですね・・・
Vce(sat)のような特性があるのでFET系のローサイドドライバでもなさそうですし。
発売されなかった幻の高電圧用ローサイドドライバ?(笑)
あぁ・・・幻・・未発売・・・良いですね。夢が有って良いです。
未発売もしくは開発中の半導体なら見つからなくて当然です。
もう2日も調べて見つからないのですから、そういう事にして調査を終わりにするのも仕方ありません・・・
メメントモリ(茶番です)
しかし、ここで調査を諦めた場合を人生単位で考えてみましょう。
老人になった私は、いつもと体の様子が違うことに気が付きます。立ちあがることすら出来ません。
図11
(あれ・・・なんか体がダルイ・・・というか全身が物凄くダルイ!ダッル!ダルすぎる!!
これ死ぬやつじゃない? ・・・・・・まぁ生きてるんだから死ぬのは仕方ないのかな?
・・・あぁ、そういえば若かりし日に組み立てたあの半導体、結局型式はなんだったんだろう・・・
今になってもの凄く気になってきたよ・・・あぁ・・・もっとちゃんと調べておけば・・・
・・・ ・・・アッ・・・ ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・return 0; )
・・・ 想像しただけで辛い気持ちになりました。
そして未来の死にかけの自分にケツを叩かれながら、万難を排して調べようというケツイがみなぎりました。
方針転換と調査再開
方針を変えるため、 以下のように考えます。
「確かに試作品の未発売半導体かもしれない。
しかし、別の三端子のパッケージに変更されて販売された可能性も考えられる。
その場合でも本半導体は入力抵抗など特徴的な特性を持つパワー素子なので判別は可能なはずである。」
新たな方針を次とします。
1.スイッチング素子を前提とするが対象はTO-220FPパッケージから
表面実装含む3端子のパワー系パッケージ全てに調査対象を広げる。
2.生産中止品や発売前の製品も調査対象に広げる。
3.それでも見つからなければ "直接" 聞く事も検討する。
degikeyでスクリーニング調査をすることにしました。
検索しデータシートを読んで条件に合わなければ次。 ヒヨコのオスメス判定のように機械的に処理していきます。
100件ほど調べた頃、三端子にISOWATT220というパッケージがあることに気が付きました。
これはTO-220FPパッケージとほぼ同じ形です。(違いはピンの厚みのMINが極わずかに薄いくらい)
degikeyで調べた限り、ISOWATT220の製品は全て生産中止品となっていました。
そしてISOWATT220の製品のデータシートを総当たりで確認すると、特徴的な製品が見つかりました。
判別確認
この半導体であることを判別できる仕様の確認方法を検討しました。
A.出力電流の制限機能を仕様と比較。これはこの半導体特有の機能である。
B.外付けの入力抵抗無しで入力電流を仕様と比較。
AとBを満たした上で条件①~⑦を満たすSTmicroさんの製品は他に無いため、
これが確認できれば判別成功です。
今回のテストでは大きな電流を扱うため、パソコン用の電源を用意しました。
10Aクラスの電源はまともに買うと非常に高いので、パソコン用電源はお勧めです。
それこそハードオフで買えますね。
さて、A,Bの確認です。 まず比較する項目の仕様を添付します。
〇試験結果
サーマルシャットダウンでしょう。その都度フーフーして数十秒冷ましてから再度計測しました。)
グラフの通りCurrent Limitの点でコレクタ電圧Vcgが増大して、負荷電圧Vr1を下げることにより
負荷電流が仕様値内に制限されているのが分かります。よって事項Aが確認されました。
Iinも仕様値内で、事項Bが確認されました。
判別完了です。この謎半導体はVB921ZVFI です。
(未発売の同系試作品や後継品という可能性もわずかながら有りますが、ここでは同一とみなします)
まとめ
まとめます。
・ハードオフで購入した謎の未完成半導体はVB921ZVFI でした。
・"直接"聞く事態にならずに本当に良かった。
・ハードオフで次に新たな未完成の半導体を見かけても私はもう買わないと思います。どうぞどうぞ!
今後、この半導体を使って点火装置を作ったり
露出パッケージを利用した回生ダイオードの光電効果の調査を検討しています。
うまくいけば記事にしますね。
最後にこの調査にコメントで協力してくださった方々、
特に最後まで付き合って頂いた@IMD555さん 、本当にありがとうございました!